![[東ベルリンの街並]](pics/eberlin2.jpg)
|
翌日、西ベルリンの宿を引き払い、またS-Bahnで東ベルリンへ入った。
当時、東ドイツの滞在ビザをもらうにはReiseburoという国営旅行社でホテルを予約し、しかも滞在日数に応じた外貨→東ドイツマルクの両替をしなければならないシステムだった。Alexanderplatzeという東ベルリンの中心部まで国境駅から歩き、いかにもお役所風の建物の2階にあるReiseburoの窓口で宿を予約した。予想通り、高いホテル(Unter den Lindenという目抜き通りにある、その名もHotel Unter den Linden。一泊105DM)をあてがわれたので「もっと安いホテルはないのか」と聞いたが、調べもしないで「ない」と言うので憤慨した。 予約を済ませ、ソファーに腰掛けてこれからどうしようかと「地球の歩き方」を見ながら思案していると、「岡田さん!」と声がした。見上げると、なんと同じ国際法ゼミの後輩(といっても私は留年しているのでゼミに入ったのは同じ年)の林さんという女の子が、うれしそうな笑顔をして小走りに近づいてきた。まさか東ベルリンで知り合いに会うとは夢にも思っていなかったのでびっくりしたと同時に、話し相手ができたと思うととてもうれしかった。彼女もホテルの予約をしてきたというので待っていたら、私と同じHotel Unter den Lindenだったので一緒に行くことにした。 その日はとても風が強く、近くだと思って歩いて行くことにしたら案外遠くて、お互い重い荷物を持っての移動なのでホテルに着く頃にはクタクタだった。一緒にチェックインすると部屋も隣同士。ホテルの内装は一応四つ星ホテルであるにもかかわらず、日本の地方のくたびれたビジネスホテルのような感じだった。部屋は狭く、シャワーはあるがバスタブはなく、テレビも白黒だった。 荷物を部屋に置き、さっそく二人で東ベルリン市内観光に出かけた。東ベルリンのシンボルはなんといってもテレビ塔で、社会主義国にありがちな「国威高揚」のための分不相応なムダ建築物だが、行ったからには見ておかないという手はないので、チケット売り場の長い列に並んだ。何十分か並んで待っていると何やらドイツ語でアナウンスがあった。幸いにして彼女はドイツ語専攻だったので、訳してもらうと何かのトラブルがあったため、今日はもう展望台へ登れないとのことだった。仕方がないのでスーパーらしきものを見物しに行ったらやはり物が不足しているのがありありとわかった。まるで店じまいセールをして売れ残りが少々並んでいる、という感じだった。食料品売り場にはあちこち行列ができていた。そのあと、喫茶店のようなところに入り、コーヒーとケーキを食べた。 ホテルに戻り、夜になって食事に出かけることにした。大都市のわりにはレストランが少なかったが、昼間登れなかったテレビ塔のふもとにレストランがあったのでそこに行くことにした。入り口で席が空くのを待っていると、あとから来て並んだドイツ人の若者にドイツ語でいろいろ質問された。私も初歩的なドイツ語は勉強したことがあるので、あれこれ推測しながらなんとか答えたりして面白かった。「どこから来たのか?」とか「カラテをやっているか?」というようなことを聞かれたが、おそらく東ドイツの人にとってはアジア人が物珍しかったんだと思う。 食事をして、外に出ると相変わらず風が強く、吹き飛ばされそうな気がした。Unter den Lindenを渡るとき、道の延長線上にライトアップされたBrandenburg門が小さく見えたので写真を撮った。ホテルに着いたらレストランで飲んだBerliner Pilsner(ビール)が効いてきて朝までぐっすり眠れた。 |
| 目次へ | 前のページ | 次のページ |